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仙台高等裁判所秋田支部 平成元年(ネ)47号 判決

控訴人

原田恭一郎

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

被控訴人

日光商品株式会社

右代表者代表取締役

久保勝長

被控訴人

青木秀一

保科雅義

川崎政美

右四名訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三崎恒夫

主文

一  原判決を取消す。

二  控訴人に対し、被控訴会社は、その余の被控訴人らに関わる後記金額と重なる部分についてはその余の被控訴人らと連帯して、金六〇三万八五〇〇円及び内金五九七万四〇〇〇円に対する昭和六〇年一月一〇日から、内金六万四五〇〇円に対する昭和六三年九月二三日から、その余の被控訴人らは、同人ら内部において連帯し、且つ、被控訴会社に関わる右金額と重なる部分については被控訴会社と連帯して、金五五三万八五〇〇円及び内金五四七万四〇〇〇円に対する昭和六〇年一月一〇日から、内金六万四五〇〇円に対する昭和六三年九月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

五  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し、各自一〇三三万七二五〇円及び内金一〇二一万九〇〇〇円に対する昭和六〇年一月一〇日から、内金一一万八二五〇円に対する昭和六三年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表八行目の「七〇枚もの」を「二〇枚を超える多数量の」に改め、一〇枚目表の⑤の項の記載をすべて削除し、同面九行目の項目番号「⑥」を「⑤」に改め、同行の「同15」の次に「の指示、協定事項」を挿入し、同丁裏三行目の項目番号「⑦」を「⑥」に改める。

2  同一一枚目裏三行目の「精算金」を「本件委託契約終了の際精算金五〇万円」に改め、同面四行目の末尾に続けて「特に、被控訴会社秋田支店長の被控訴人青木は、昭和五八年一二月二五日ころ控訴人に対し、帳尻益金の中から三六五万五〇〇〇円を返還する旨約したのに、その後これを履行しない。」を加え、同面六行目冒頭の「を賠償」の次に「し、また、三六五万五〇〇〇円、精算金五〇万円を返還」を挿入する。

3  同一二枚目表一行目の「七一五条、」の次に「又は」を、二行目冒頭の「き、」の次に「不法行為又は債務不履行による損害賠償として(内三六五万五〇〇〇円については返還約束に基づき、内五〇万円については精算金の返還として)」をそれぞれ挿入し、同行の「各自」を削除し、「一〇二一万九〇〇〇円に対する」の次に「不法行為の後で」を、同面四行目の「に対する」の次に「同請求追加申立書送達の日の翌日である」をそれぞれ挿入し、同行〜五行目の「金員」を「遅延損害金の各自支払」に改める。

4  同一四枚目表七行目の次に行を改めて「三ケ月の保護育成期間内の二〇枚を超える建玉については被控訴会社保護管理班において審査、承認が行われていた。」との主張を加え、一五枚目表三行目の請求原因7項に対する認否を「同7の主張は、被控訴会社において本件委託契約終了に基づく精算金五〇万円を控訴人に返還する義務があることは認め、その余の主張は争う。」に改める。

三  証拠の関係〈省略〉

理由

一請求原因1、2項についての判断は、次のとおり付加、補正するほか、原判決理由一項記載と同じである。

1  原判決一五枚目表八行目の「同二」を「同(二)」に訂正する。

2  原判決理由一項に掲げる証拠として、更に「成立に争いがない甲第二〇号証の一、二、当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)」を加え、原判決一五枚目裏九行目の「別紙」の次に「(一)、」を挿入し、同行末尾の「原告が被」から一六枚目表一行目末尾までを「控訴人は被控訴会社に対し、別紙(三)委託証拠金受払一覧表の1ないし4、6、8、11、13、14記載のとおり委託証拠金を預託し、また、昭和五八年八月二四日ころ委託証拠金として三五万円を預託し、その他に、同年九月上旬被控訴人川崎に委託証拠金が一枚につき一万円増額すると言われて、当時の建玉二三枚に対応した二三万円を同被控訴人に支払ったこと」に、同面二行目の「八六四万五〇〇〇円」を「八八九万七五〇〇円」に、三行目の「原告」を「原審及び当審における控訴人」にそれぞれ改める。

二請求原因3項(本件取引の経過)についての判断は、次に付加、補正するほか、原判決理由二項記載のとおりである。

1  右の箇所に掲げる証拠として、更に「当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)」を加える。

2  原判決一七枚目表四行目の「収入はなく、」の次に「一〇〇万円位の貯金以外は」を挿入し、同面六行目の「面識はなかった。」から同面七行目末尾までを「面識はなくて、先物取引の経験は全くなく、ただ、投機行為としては、一〇数年前に同じ下宿にいた勧誘員に誘われて一回だけ株式投資をしたことがあったにすぎないが、これも短期間で止めていた。」に改める。

3  同一七枚目表末行の「の仕組」から同丁裏二行目の「一応の」までを「についての概略的な」に改め、同行の「相場を当てれば」を削除し、三行目の「取引であること、」を「取引であり、特に今は」に、四行目の「予想されること」を「予想されるので、いい時期で」に、同行から五行目の「大きな利益が得られる見通しであること等を」を「確実にもうかるから、絶対に迷惑はかけない、責任をもつなどと」にそれぞれ改め、同行末尾に続けて「その際、大きな利益がある反面僅かな証拠金で大きな損失を被ることもある等の先物取引の危険性についての話は被控訴人保科から全くなかった。」を加え、同面八行目冒頭の「誘し、」の次に「控訴人は当初これを断っていたが、被控訴人保科が」を挿入し、九行目の「相場が上がり」を「追っ付け日本の相場も確実に上がり」に、同面一〇行目「見通しであること等を」を「旨」に、一八枚目表一行目の「承諾したこと、」を「承諾した。」にそれぞれ改め、二行目の「先物取引の仕組みの概要」を削除し、同面三行目の「再度説明し、」の次に「輸入大豆は六〇〇〇円台まで確実に上がるので今は買建がいい旨勧め、」を、七行目の「預託し、」の次に「ただ、具体的な値段、限月、場節等は被控訴人保科に任せるいわゆる成行注文にして、」をそれぞれ挿入し、同面八行目の末尾に続いて「その際被控訴人保科から控訴人に受託契約準則、商品取引委託しおり、パンフレット等が交付されたが、同被控訴人がこれらを示してその内容の説明をするとか、買建て始めて値が下がったら、場合によっては委託証拠金額以上の損失が生ずることもあり、追加証拠金を支払わなければならないこともあることなどの先物取引の危険性についての説明をするなどのことはなかった。」を加え、同丁裏一行目の「相場は」の次に「確実に」を、同行の「見通しを述べ、」の次に「控訴人が決済(手仕舞)するように言ったのに対し、“追証金を支払わなければならない、どうせ金を出すなら買増しの方が有利だ、三枚買建すれば今度は大丈夫、もうかる”旨述べ、」をそれぞれ挿入し、同面九行目の「追証」から一〇行目の「両建を」までを「追証を入れるか両建をするよう」に改め、一九枚目表の三、四行((五)の項)を削除する。

4  同一九枚目表五行目の冒頭「3(一)」の次に「控訴人は、同日被控訴人保科から数回電話で取引継続の勧誘を受け、これを断っていたところ、前記取引の決済による精算がなされないうちに、」を、六行目の「被告川崎に交替し、」の次に「被控訴人川崎は、同日控訴人に電話して担当を交替した旨伝えるとともに、全面的に面倒をみるので取引を継続して貰いたいと勧誘した。そして、」を、同面七行目の「報告するとともに、」の次に「被控訴人保科の勧めた前記取引は売買のタイミングが悪かった旨話し、」を、八行目の「右罫線に従った」の次に「六〇〇〇円台にまで上がる旨の」をそれぞれ挿入し、同面九行目の「利益が得られる」を「危険はほとんどなく、今度はもうかる、責任をもつ」に改め、一〇行目の「原告は」の次に「今度は被控訴会社で責任をもって面倒をみてもらえるだろうと思い、前記損失を取戻そうという気持になって、」を挿入し、同面末行の「前記損害金三二万七五〇〇円を被告会社に支払って」を「委託証拠金として預金払戻分の三五万円を被控訴会社に預託して、成行注文で」に改め、同丁裏一行目の「(二)の5」を「(二)の4」に訂正し、同面三行目の「同日」の次に「控訴人の勤務先の学校に電話して」を挿入し、五行目の「一〇枚の」から七行目の「両建は上がっても下がっても損はしないからと」までを「両建をすれば上がっても下がっても損はしない、タイミングを計ってどちらかを切れば危険なことはないと説明して」に、同面八行目の「被告川崎の勧めるまま」を「一度は仕切るように指示したが、被控訴人川崎が仕切ったりすると七〇万円損してしまうと述べて両建を強く勧めたため」にそれぞれ改め、同面九行目冒頭の「段五三〇〇円)を」の次に「値段、限月等を同被控訴人に任せて」を、二〇枚目表一行目の「組み入れ、」の次に「成行注文で」をそれぞれ挿入し、同面二行目末尾に続けて「控訴人は、同月上旬被控訴人川崎の求めるままに、委託保証金の増額分として建玉二三枚に対応する二三万円を同被控訴人に支払った。」を加える。

5  同二〇枚目表四行目の「約一時間」から五行目の「説明し」までを「自分の相場観などを話し」に改め、同面末行の「交替し、」を「交替した。」に改め、同行の「原告もそれを承諾した。」を削除し、同丁裏二行目の「電話で」を「控訴人の学校に電話して」に改め、同じ行の「アメリカ」の前に「非常事態が発生した。」を、四行目の「その時点で」の次に「何千万円もの」を各挿入し、同面一〇行目冒頭の「原告は」から二一枚目表四行目の「取引を行った。」までを次のとおり改め、同面六行目の「一一五万五〇〇〇円」を「一三五万五〇〇〇円」と訂正する。

「控訴人は、その後被控訴人青木から譲受けた先物取引に関する解説書等を読んだり、同被控訴人と面談したりして先物取引についての勉強もし、同月二七日ころ相場が下がり始めたので、被控訴人青木に今までの取引全部の手仕舞を申入れたところ、同被控訴人から強く取引の継続を勧誘され、結局、同年一一月一六日までの間別紙(三)の7、9記載のとおり帳尻益金から証拠金に振替え、同8記載の一〇万七五〇〇円を証拠金として預託して、別紙(二)の8ないし13記載の取引を行ったのであるが、右売買の勧誘は多くの場合被控訴人側から控訴人の学校の職員室に掛かる電話により、時には右電話を受けて折返し控訴人から学校内にある公衆電話を使って被控訴会社に掛ける電話によりなされた。控訴人としては同僚の手前もあったりして電話で余り詳しいやり取りもできないため、成行注文で、実質的には一任売買に近い形態で取引が行われ、特に同年一一月一〇日別紙(二)の11記載の買建玉三〇枚を手仕舞して同日同13記載の買建玉三〇枚を建てることは控訴人の知らないうちになされた。この間、買建玉は、取引開始後三ケ月内の同年九月五日二三枚になったのを初め、同月一二日現在四六枚、同月二七日現在三三枚、二九日現在四二枚、一〇月五日現在六〇枚、二一日現在七〇枚、一一月一〇日現在七〇枚となり、急激に取引量が増加していった。」

6  同二一枚目表九〜一〇行目の「相場は上がっていくとの相場予測を述べ」を「ストップ安は一時的現象でまた元に戻る、このままだと追証がかかるし、今仕切ると大損が出る旨述べて」に改め、一〇行目の「買建玉」を「売建玉」に訂正し、同面末行の「原告は」の次に「やむなく」を挿入し、同丁裏二行目の末尾に続けて「その際、控訴人は被控訴人青木に右金員の出処を話し、右縫製業の従業員の給与に充てるために年内に返戻されなければ困ると伝えたところ、被控訴人青木から年内には返戻できる旨の回答を得た。」を加え、同面三行目冒頭の「原告は」から八行目の「おこなった」までを次のとおり改め、同面九行目の「三二一万円」を「四三五万五〇〇〇円」と訂正する。

「同年一一月から一二月にかけて相場が下がり続けたが、控訴人は被控訴人青木から今がどん底なのでこれから上がってもうかるからと言われ、同被控訴人の求めに応じて一二月八日ころ委託証拠金として八五万円を被控訴会社に預託し、さらに控訴人は、ストップ安が続いている状況下で、利益を得るために、同月三日別紙(二)の14、15記載の合計五〇枚の売建玉の決済を被控訴人青木に指示した結果手仕舞がなされ、合計一八七万五〇〇〇円の利益が生じたが、同被控訴人は、同日別紙(三)の12記載のとおり右手仕舞により出た利益分すべてを証拠金に振替てしまった。」

7  同二一枚目裏末行の「二五日ないし同月二八日」を「三日」に改め、同行の「被告青木に対し、」の次に「同年二五日ころまでに」を挿入し、二二枚目表二行目の「申し入れた」を「申入れ、更に同月二二日ころ再度強く同様の申入れをしたところ、」に、同面三行目の「被告会社は」から四行目末尾までを「被控訴人青木は一旦は年内に返還すると約束したが、同月二八日ころになって、六営業日を経過した年明けに返還すると述べ、控訴人が強く抗議して返還を要求したが、結局右金員は返還されなかった。」にそれぞれ改める。

8  同二二枚目表五〜六行((七)の項)を次のとおり改める。

「右の経緯で控訴人と被控訴人青木の間が気まずくなった折、控訴人は、同月二八日被控訴人川崎や同保科から電話で、三六七万五〇〇〇円を返還してもまだ余裕資金があり、年明けには相場は上がるので資金を寝かせておくともったいないと勧誘されて、結局別紙(二)の16記載の三〇枚の買建玉を建てた。」

9  同二二枚目裏三行目の「被告青木が」の次に「ある程度下がれば必ず上がるからその間支えるために両建せよと」を、同面八行目の「原告に対し」の次に「二〜三〇〇万円ないと決済できない、それで何とか持ちこたえられる旨述べて、」をそれぞれ挿入し、九行目の「金二五〇万円を用意したが」を「銀行に金員借受の申込みをしたが」に改め、二三枚目四行目の「原告は」の次に「別紙(二)一覧表の差引損益計算上」を挿入する。

10  同二三枚目表七行目冒頭から二四枚目裏一行目まで(原判決理由二項5、6)を削除し、同面二行目の「原告」を「原審及び当審における控訴人」に改める。

三本件委託契約の終了により控訴人に対し精算金五〇万円を返還すべき義務が被控訴会社にあることは、当事者間に争いがない。

四請求原因4項(先物取引の危険性)についての判断は、次に付加、訂正するほか、原判決理由三、四項記載のとおりである。

1  原判決二五枚目表九行目の「予測する」から同面末行の「あるから、」までを「予測することは専門的にそれに関する情報の収集や分析に従事する者にとってさえも容易でないのが通常である。その上、一般の取引参加者は、売買委託手数料を業者に支払わなければならないのであるが、建玉時と手仕舞時の二度の支払義務が生ずるので、その合計額は無視しえない金額となり、これを補填して更に上回るだけの利益を確実に得ることは一層難しくなる。このように、」に改める。

2  同丁裏一〇行目の「記載のとおりの」の次に「一定の行為を禁止又は制限する」を挿入し、二六枚目表一行目冒頭から同面末行末尾までを次のとおり改める。

「右の如き制度的な危険性及び右各規定に鑑みれば、商品先物取引業者としては、商品先物取引に関する知識や経験がなく、ほぼ全面的に業者の提供する情報、判断に依存せざるをえない一般投資家を勧誘する際は、この仕組や危険性を理解する能力と、生活に支障を来さないだけの余裕資金を有する者のみを対象とし、その上で更に右の点について十分な説明をし、また、具体的な取引をするにあたっては、顧客が経験を積むまでの少なくとも最初の数ケ月間(対象商品に穀物が多く、これが気象変動により大きな影響を受けることからすると、一年程度ということも考えられる。なお、保護育成期間の三ケ月というのは取引数量についてのみの制限であり、単に時間的に三ケ月を経過したことと、経験の積重ねとは必ずしも一致するものではない。)は、前記諸要因に関する十分な情報と分析結果を提供し、その自主的な意思決定を俟って、且つ、当該顧客にとって無理のない金額の範囲内で、取引申込みに応ずべきであり、後記限度を超えて急き立てたり押し付けたりすることがあってはならないのである。

尤も、右の如き或意味で悠長な取引方法は、先にも断ったとおり経験の浅い者を対象とする場合に限られるのであり、しかも建玉には妥当しても一刻を争う手仕舞の際、殊に損失増加傾向の時には適用上困難な面のあることは理解できるが、この場合でも両建や難平を選択させるのは建玉の一種であるから、前記の手続を履み、条件を充たす必要があり、追証拠金の納付により玉を維持させる場合も右に準ずるというべきである。そうすると自ら、予測が外れた局面で手仕舞うとすれば、仕切ることにより損失を顕在化させるのが一般的な形とならざるをえないが、業者が顧客を逃さないように右損失を回復させて取引を継続しようというのであれば、時期を改めて出直しの形で全く新たな玉を建てさせる以外になく、やむをえないことである。

このように、業者には一般投資家の利益を不当に侵害しないように履践すべき諸種の準則とこれから導き出される手続や条件があるので、経験の浅い者を取引相手とした場合に、業者がこれらの義務を怠り、それが社会通念上許容される限度を超えるに至ったときは、該取引は業者の違法行為となり不法行為を構成するというべきである。」

五以上の検討結果に基づき請求原因5、6項(被控訴人らの責任)について検討する。

1  控訴人は、商品先物取引の経験が全くない素人であり、かつ、特別な資産もなくて金銭的に余裕がある者ではなく、被控訴人保科もこのことは了知していたのであるが、同被控訴人や被控訴人川崎は、控訴人を商品先物取引に勧誘した際には商品取引委託のしおりなどを示してその内容を説明することなどはせずに、輸入大豆が確実に値上りしてもうかるなど商品先物取引の利益面のみを強調し、売買代金額が委託証拠金よりはるかに高額であること、商品相場の動向を的確に把握するのは困難であること、証拠金を上回る大きな損失を被ったり、追証拠金を差入れなければならないこともあるなどの先物取引の仕組や危険性について十分説明しなかった。特に被控訴人川崎は、控訴人の指示で一旦は最初の取引が手仕舞されたその日に、右取引の精算がなされないうちに被控訴人保科に替って控訴人の担当となり、控訴人に対し、輸入大豆の先物取引の利益が生ずることが確実で、被控訴会社で責任をもつかのように述べて、右手仕舞の結果生じた損失を取戻したいという控訴人の気持ちに巧みに付入って勧誘し、取引量を急激に増大させた。

2  その後の取引についても、被控訴会社からの連絡はほとんど控訴人の学校の職員室に電話を入れる方法でなされ、時には折返し控訴人から学校内にある公衆電話を利用してなされたこともあったが、控訴人にとって余り具体的な取引内容に立入って話ができないような状況下で取引の委託をしていたもので、控訴人としては被控訴人川崎や同青木に言われるままに委託証拠金を預託し、多くの取引が実質的には受託の際の指示事項の全部又は一部について控訴人の指示を受けない一任売買の形態でなされた。そして、昭和五八年九月ころから取引量が急激に増え、取引開始二〇日後には取引枚数が二三枚になったのを初め、新規委託者保護育成期間が経過する前の三ケ月内に四六枚、三三枚、四二枚、六〇枚、七〇枚と多数量の取引が重ねられた。そして五ないし八日間という短期間内に反復して多数の取引が行われ、建玉をしたのち間もなくこれを仕切って同じ玉を建てる殆ど無意味な反復売買(手数料分のみが増大する)や、損失を回復するかのような錯覚に陥るが実質的には手数料分だけ損失が増える両建を短期間に安易に行わせた。さらに、先物取引に投資可能な控訴人の余裕資金がどの程度あるのか顧慮しないで、短期間に取引量を増大させ、控訴人に借金までさせて証拠金を調達させ、控訴人がその返済のために利益の返戻を強く求め、特に別紙(二)の14、15記載の売建玉については控訴人の指示で手仕舞がなされ、利益が上がったにもかかわらず、それを返戻せずに証拠金に振替えて取引を継続させたりもした。そして、最終的には本件取引すべてを手仕舞った時点では控訴人に返還すべき精算金が五〇万円出たのに、被控訴人青木は昭和五九年一月になって数回にわたって緊急に数百万円の証拠金が必要だと連絡して、控訴人をしてさらに銀行から数百万円借受けさせようとしたのであり、控訴人から委任を受けた津谷弁護士からの請求によりようやく被控訴会社は本件取引全部の手仕舞をした。

3 右の諸事情を勘案すれば、被控訴人保科、同川崎及び同青木は、経験の浅い一般投資家である控訴人に対してなすべき先物取引の危険性等についての十分な説明と情報提供義務を尽くさず、社会的に許容される限度を超えて急き立てたり押し付けたりして自主的な意思決定を俟たずに、実質的には控訴人の意向に反して取引を継続させ、殊に、控訴人の指示どおりの取引(手仕舞)をなさず、しかも控訴人の資金調達力を超えた範囲まで取引を拡大させたのであり、このように控訴人を勧誘して本件取引を始め全取引を手仕舞するまでの本件取引過程におけるこれら一連の行為は、全体として違法なものというべきである。

控訴人は、本件取引の途中被控訴人青木から先物取引に関する解説書等の交付を受けて勉強をし、数回被控訴人青木に面談したりして自覚的に本件取引に取組んでいたことは窺えるが、右事情は後記の過失相殺における控訴人の過失の事情として検討されるべきことであって、右の事情があったとしても、直ちに本件取引における被控訴人らの違法性が減殺され或いは消失するものではない。

4  被控訴人保科は最初の勧誘者として右一連の本件取引に関与・担当し、最初の二取引で手仕舞になって担当を交替しているが、前判示のとおりの右交替の事情及びその後の取引状況からすると、被控訴人保科の右行為はその後に生じた控訴人の損失との間にも因果関係があるといえる。そして被控訴会社の営業形態、本件取引の経緯、態様等に鑑みると、被控訴人らの前記一連の行為は、被控訴会社(秋田支店)の営業方針に基づき、その業務遂行として支店長の被控訴人青木を中心に組織的になされたものであり、被控訴人らは、右一連の行為によって控訴人が被った全損害について共同して賠償の責任を(被控訴会社については従業員であったその余の被控訴人らの使用者として民法七一五条の責任も)負うというべきである。

5  控訴人は、被控訴会社に対し、被控訴人青木が控訴人に三六七万五〇〇〇円を返還することを約したことに基づく債務不履行責任も主張するかのようであるが、右被控訴人の右行為も本件取引に関する不法行為についての違法性を基礎付ける一態様としてとらえることができるのであって、それ以上に、右被控訴人青木の右約束から直ちに本件委託契約に基づく被控訴会社の金員返還義務が生ずるとは認められない。

六被控訴人らの前記不法行為に基づく控訴人の損害及び過失相殺について検討する。

1  前記認定事実によれば、控訴人が本件取引に基づき被控訴人らに交付した金員は合計八八九万七五〇〇円(但し、前記のとおり精算金として被控訴会社が返還義務を負っていることに争いのない五〇万円は便宜上ここから除外する。)であり、これが被控訴人らによる前記不法行為によって生じた損害と認めることができる。

2  控訴人は、さらに慰藉料五〇万円を損害として主張するが、前記認定、説示からすれば、本件において、右財産的損害のほかに、控訴人の精神的苦痛を慰藉しなければならない事情は認められず、控訴人の右請求は失当である。

3 控訴人は当時三七歳の高校の教員であって、通常の社会人が有する程度の判断能力は十分具備していたと解されるところ、本件委託契約締結の際、受託契約準則、商品取引委託のしおり、パンフレットなどの交付を受けていて、これを精読すれば商品先物取引の仕組や短期間に大きな利益を得られる反面多大な損失を被ることがあるなどの商品先物取引の危険性についても理解し得る状況にあったのであり、最初の損失を回復しようと被控訴人川崎、同青木の勧めるままに取引量が増大し、途中被控訴人青木から譲受けた先物取引に関する解説書等を読んでこれについての勉強もし、時には被控訴人青木に面談して本件取引について話合いもして、自覚的に本件取引に取組んでいたこともあったのであり、これらの事情を勘案すれば、被控訴人にも本件取引による損害の発生及び拡大につき過失があると認めるのが相当である。従って、被控訴人らが賠償すべき損害額を定めるに当たっては、過失相殺するのが相当であり、控訴人の過失割合は、以上の認定、説示したところに照らせば、四割とするのが相当である。しかして、控訴人が被控訴人らに支払った委託証拠金等についての損害額は、控訴人が支払った八八九万七五〇〇円から被控訴会社が本件委託契約の終了に基づき返還すべき前記精算金五〇万円を控除した八三九万七五〇〇円の六割に当る五〇三万八五〇〇円となる。

4  控訴代理人が控訴人から本訴提起、遂行の委任を受けたことは本件記録上明らかであり、本件の全事情を斟酌すれば、本件不法行為による損害として控訴人が請求し得る弁護士費用は五〇万円をもって相当と認める。

七以上により、被控訴人らは、不法行為に基づく損害賠償として(被控訴会社については内金五〇万円は委託契約終了に伴う精算金返還として)右弁護士費用を含めて、控訴人に対し、各自、被控訴会社において六〇三万八五〇〇円及び内金五九七万四〇〇〇円(次に掲げる請求拡張前の分)に対する不法行為の後(訴状送達の翌日)の昭和六〇年一月一〇日から、内金六万四五〇〇円(請求拡張分の六割)に対する同じく(請求追加申立書送達の翌日)昭和六三年九月二三日から、その余の被控訴人らにおいて五五三万八五〇〇円及び内金五四七万四〇〇〇円に対する同昭和六〇年一月一〇日から、内金六万四五〇〇円に対する同昭和六三年九月二三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

八よって、控訴人の本件請求は右の限度で正当として認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当で、本件控訴は右限度で理由があるから、民事訴訟法三八六条により原判決を取消し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官田口祐三 裁判官木下秀樹)

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